高校生の時、いじめられて死にたいと思った私の体験談

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寄稿者:レモネード(30代前半・美容師・♀)

私は高校3年生の時に、同じクラスの女の子からいじめを受けました。

その当時は辛くて辛くて死ぬことばかり考えていましたが、卒業して環境が変われば、いじめっ子とも疎遠になり、いじめから解放されました。

人生を自分で終わらせてしまうのではなく、限りある人生を明るく過ごせることが出来ることを伝えたくて、体験談を書かせて頂きました。

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私が死にたいと思ったきっかけ

私がいじめを苦に日々死にたいと思っていたのは、高校3年生の秋ごろからでした。

高校入学時から、同じクラスになり仲良くなったA子という女の子がいました。彼女は、クラスの中でも特別目立つ存在で、私も彼女の明るさや優しさに好感を持ちながらA子と接していました。

修学旅行のグループ決め

高校2年生の時、修学旅行でのグループ分けの際に4人1組のグループを作ることに。私たちは8人ほどのグループだったので、4人・4人で2つのグループに別れることにしました。

しかし、A子は8人グループの中の1人であるB子の事を良く思っていませんでした。

私はA子から『B子とは一緒のグループになりたくない』と、前々から相談されていたので、私はB子と同じグループになり、A子とは別のグループになりました。

B子はなんとなく自分がA子に嫌われているのを悟っていたようですが、修学旅行で同じグループになったのがきっかけとなり、私はA子よりB子と一緒にいることが多くなりました。

高校3年生に進級

進級して高校3年生になっても、相変わらずA子が率いるグループに私とB子はいました。

ある日、私がB子と仲良くしているのがA子が気に入らないみたいだと、グループ内の別の友人が教えてくれました。

秋に学校祭が行われるので、クラスで屋台や出し物の準備をし、放課後も休日も返上でみんなで協力しながら作業していました。私とB子は共に裁縫が得意だったので、進んでクラス全員の仮装の作る係に立候補しました。

それがA子の逆鱗に触れた事の発端でした。

その翌日、早速B子と布や糸などに買い出しに出掛けると、私達が家から持ち寄った裁縫箱がひっくり返され、中身が床に全て出てぐちゃぐちゃになっていました。

私もB子もすぐにA子が犯人だと思いましたが、あえて本人には言わずに片付けて黙々と作業しました。そして、学校祭三日前に、私は疲労のせいか高熱が出てしまい、学校を2日間休んでしまいました。

クラス内での無視がはじまった

2日ぶりに学校へ行くと、クラスの様子が明らかにおかしいんです。いつもは誰かしら『おはよう』と声をかけてくれるのに、みんな私を見て見ぬふりをするんです。

A子がやってきたので私から『おはよう』と声をかけるとぷいっと無視されてしまいました。

それだけではなく、B子にも『おはよう。大変な時期に休んでごめんね』と言うと『こんな時期に休むなんて頭おかしい』と冷たくあしらわれてしまいました。

その日からB子はA子と常に一緒にいるようになり、A子と共に私を無視するようになりました。

私が体調を崩し、作業に遅れが出たのが原因だと思い、改めて『大事な時期に休んで本当にごめんなさい』と、A子とB子に謝りました。

しかし、A子から帰ってきた言葉は『あんたは無神経なんだよ』との言葉でした。私があまりに冷たい言葉に放心しているとB子からも『もう関わらないで』と言われてしまいました。

翌日から私はクラスで孤立し、教室にも居場所が無くなり、お昼のお弁当もトイレで食べるようになりました。

いじめは酷くなるばかり

いじめは無視から始まり、段々エスカレートしていきました。

体育祭の当日、個人戦でバドミントンをすることになっていましたが、私のラケットが真っ二つに折られていました。

確かに前日には折られていなかったので、またA子やB子にされたのかと思って、折られたラケットを拾うとA子がニヤニヤしながらこっちを見ていました。

嫌がらせは酷くなり、私の机や椅子に『学級に来るな』『死ね』『消えろ』といたずら書きされ、しまいには家から持ってきたお弁当にハエの死骸が入れられていました。

さすがに落ち込んでしまい、相談できる友人もなく、家族や先生に言ってしまえば更に状況が酷くなると思い、誰にも言えずに悩んでいました。

死にたいと毎日思っていたけれど

悩み抜き、しまいにはこんな日々が続くなら早く死んで、楽になりたいと思うようになりました。

私は何をしていても、どこにいても死ぬことばかり考えていました。

卒業後の進路についても、おざなりにしていましたが、たまたま担任に薦められて受けてみた地元の企業に就職が決まりました。卒業3ヶ月前の頃でした。

その事がきっかけで、今死にたいと思うより、将来の事を段々考えるようになりました。

今、いじめられているけれど卒業すればA子にもB子にも会うことはなくなります。永遠にこの状況が続くわけではないことに気づきました。

死ぬのはもったいない!私に待っていた明るい未来

それに気づいてからは、卒業までいじめに耐え抜きました。必ず終わりがあることが分かったので、自分でも不思議なほど耐える事ができました。

私の思っていた通り、卒業後に彼女達に会うことはありませんでした。それから私は、就職先で出会った彼と6年後に結婚し、今は二児の母となりました。

今でもテレビでいじめを苦に学生が死ぬニュースが絶えません。それを観る度にあの頃の自分を思いだし、胸が苦しくなります。

これは一生消えない傷です。しかし、死にたいと思っていても自分で道を切り開けばいいことを私は学びました。

同じ状況におかれている方に伝えたいのは、辛いことのあとには必ず幸せなことが待っているということです。

いじめなどで、死にたいと思うくらい辛いことがあった人にも、限りある人生を大切に生きていってもらいたいです。

暗い生活を送り、死にたいと毎日考える日々ではなく、限りある人生を1日1日大切に明るく生きるのは、人間誰しもに与えられている権利だと思います。

私も死ななくて本当に良かったと心の底から思っています。人生を自ら捨てるのはもったいないです。

-いじめ

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