看護助手が職場でいじめにあい死にたいと思った話

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寄稿者:たんさん(40代前半・主婦・♀)

病院で看護助手をしていた頃の話です。当時OLから転職し、憧れの仕事に就いて私はやる気に満ちていました。

働きはじめて、しばらくたった頃、職場でのイジメやゴタゴタが続いたことが原因でうつ病になりました。そして、将来を悲観し過ぎて死にたくなったのです。

今回はその体験談をお話します。

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看護助手の仕事はお給料が低い

21歳の時、OLから看護助手の仕事に転職しました。助手をしながら看護師になって、キャリアを積みたいと考えていました。

配属された部署は手術室で、器具を洗ったり、それらを管理するのが仕事です。そこで働く年配の職員さんが定年されるので、自分が後任という形でした。

チャキチャキした江戸っ子で、歯に衣着せぬもの言いの方にみっちりと仕事を教わっていきました。時々言われたことで凹んだりしましたが、やりたい仕事につけた以上、頑張るだけだと気持ちを奮い立たせる日々でした。

昼休みには「あんた、看護師になれるといいな」と励まされました。入職したばかりで、アルバイト雇用。時給は750円だったでしょうか。

OLの時はもう少しあったので厳しかったです。その時住んでいたアパートはお風呂なしで2DK。

病院の敷地内には職員寮があり、お風呂も完備されていました。仕事終わりにそのお風呂に使って家路についていました。

仕事に少しずつ慣れた頃に、看護部長が私の仕事を見に来ました。

環境についていっているのか、そういうのも部長のお仕事だったのでしょう。その時お給料の話になりました。

私はあまり言いたくはなかったので口ごもっていました。部長は察したようでした。

「だったら、掛け持ちでファストフードでアルバイトしなさいよ。」

私は頷いたものの、まさか上司からそういう発言が出るとは思いませんでした。
 

いじめがはじまった

そこから1年経ちました。相変わらずお金の心配をされながらも毎日を過ごしていました。

そんな時、新たに助手さん(K氏と呼ぶ)を入れることになりました。別の病院で長年助手の経験のあるバリバリした方でした。

少しクセありだけれど、怒らせなければよさそうという(勘)のようなものがあったので、淡々と業務をこなすことにしていました。

そんな時、自分は身体を壊してしまいました。腹痛と吐き気がして、仕事中に診察をうけました。おそらくストレスが原因でそうなったのではないかと診断されました。

よく考えればお金のことで看護師たちから「大丈夫?」と執拗に気をつかわれ、掛け持ちでバイトしろという発言がいつまでも引っかかってはいました。

業務中に診察を受けて、退勤時間通りに帰る。それがk氏が思うところがあり、手術室の婦長に文句を言っていたのでした。

次第にk氏から「あんたは仕事中に中抜けしたからもっと働け」や無視をされるようになりました。

身体を壊してしまったのは申し訳ない気持ちでたまらない。頑張りが足りないから周りを怒らせているのではないか。

業務の1時間前(契約は8時半~16時半だった)に来て、諸々の仕事をしました。いろいろあっても病院での毎日は嫌いではなかったからです。

ですが、k氏の無視は相変わらずでした。喰らいついてガムシャラなのに、と精神的に参ってしまいました。

自分は何のために生きているんだろうか。家に帰ると何もしたくない状態が続き、泣いてばかり。

ジワジワと死を選ぶ方法を考え始めていました。はさみでリストカットもしました。生活のこと、イジメのこと。

死にたくなり、頭の中もパニックでどうにかなりそうでした。

それでも仕事をやめなかった

でも仕事を辞めようとは思いませんでした。だけど、具合は改善せず、何日か仕事に出ては休むことを繰り返していました。消えたくて、死にたくなるような毎日。

そんな時、手術室内で飲み会をすることになっていました。自分は体調のことがあったので出られませんでした。

翌週(飲み会は前週末にあったので)、仕事場の空気が何かおかしかったことと、k氏が来なかったので妙だと気づきました。

後から聞くと、看護師とk氏がケンカになったとのことでした。酔った勢いなのか、自分をクビにしろと連呼して、婦長がフォローしたのにへそを曲げた、と話を聞きました。

死ぬことを考えていた自分にとって、想像もしていなかった婦長の気遣いが嬉しく、隠れて泣きました。k氏は無断欠勤の数日後にひっそりと辞めていったそうです。

実は、k氏が病院を去る日にチラッと手術室を覗いていったのは気づいていました。とても小さい後姿が未だに目に焼きついています。

まとめ

以来、死を選ぶことなく生きて今に至ります。それから1年後に地元へ帰りました。

看護師ではなく、フリーの物書きになりました。リストカットの跡も消えました。退職の日、手術室へCDギフト券を贈りました。

その時も驚かれたけど、気にしませんでした。不器用で、周りに迷惑をかけてしまったことは申し訳なかったと未だに思います。

イジメられたこともほとんど考えることはなくなりました。けれど、お金のことを聞かれ続けたことは胸がチクっとします。

貧しくても頑張っている人を取り上げるテレビ番組を見ると、1日も早くそこから脱して、生きて欲しいと感じます。私も頑張ります。

-いじめ

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