死にたい…両親の離婚で人生のどん底に落ちた高校3年生の私

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寄稿者:イサベル(20代前半・学生・♀)

はじめまして、イサベルです。今回は私が高校3年生の時、死んでしまいたいと思った経験についてお伝えしようと思います。

両親の離婚、再婚。親の都合で振り回されて感じた虚しさから、私は死にたいと考えるようになっていました。

小学生の頃から振り返ってお話していきます。

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両親の離婚

私の両親が離婚したのは私が2歳の時です。その後は、ある程度裕福な父方の祖父の家にあずけられ、祖父母や父、親戚に面倒を見てもらい、母がいなくても不自由しない生活を送っていました。

小学校に上がる頃には、どうして自分にはお母さんがいないんだろう、という疑問を父や祖父に投げかけたことがあります。

返ってきた答えはいずれも「お母さんはまだまだ若くて、もっと仕事や社会経験を積みたかったんだ。」というもので、幼い私はお母さんは仕事熱心でえらいなぁ、くらいに考えていました。

小学2年生になるころ、そうだ、お母さんにも聞いてみようと思い、手紙を出しました。

しばらくして返事がかえってきました。

ただその手紙の内容は、周りの大人が私に言っていたこととは違いました。

「私は子どもを生むには若くて、不安で、お父さんの家族と暮らす環境であなたを育てることに自信がありませんでした。このままでは、あなたに暴力を振るってしまうと思って離婚しました。ごめんなさい。そして、まだ、あなたに会う勇気はありません。ごめんなさい。」

このとき私は手紙の内容に疑問を抱きましたが、すぐに頭の片隅に追いやり、そのまま考えることをやめました。本当のことをこれ以上知りたくないという防衛本能だったのかもしれません。

父親の再婚

それからしばらくして、父は再婚しました。父は私のいる祖父母の家ではなく、一人でアパート暮らしをはじめていたし、会える回数も減っていたので、何となくそんな感じはしていました。

再婚相手の女性は素晴らしい方でした。母親とうものの存在を知らない私に、一人の人間として、娘として、やさしく、厳しく、私に色々なことを教えてくれました。

そして、妹、弟が生まれ、私は10歳以上年の離れた姉になりました。

死にたいと考えた高校3年生の私

高校2年生まではそれなりに勉強して、友達と遊んでという穏やかな日々を過ごしていました。

でも、あの最悪の時がやってくるのです。私は、半ば他人事で処理していた感情に向き合うことになります。

高校二年生のおわり、2月ごろだったと思います。実母からメールが来ました。

「再婚して子どもができました、あなたの妹です。私も落ち着いてきたので、食事でもしながらお話しませんか。」

ははははは、ふざけんな。

私はそう思いました。それでも話は進み、レストランで義母、私、実母、実母の旦那さん、実母の娘、とお食事を共にしました。

それが終わった夜から、私はありきたりな悲劇の主人公気取りの台詞に悩まされるようになります。

子どもって、親や一族の所有物でしかないんだな。お父さんもお母さんも、私を生んだのは時期尚早な過ちで、今はもう、お互い別々の家庭で新しい人と幸せな家族がいる。

子どもは欲しければ作ればいいし、いらなければ捨てれば言い。なんとかなる。友達も言ってたな、将来が不安だから子どもが欲しい。孤独は嫌だって。子どもは将来の希望で、古い世代の保険でしかない。

でも、両親二人とも新しい家庭ができて、私なんていらなかったじゃないか?

そう思った瞬間、一気に世界が醜く見えました。

それから高校卒業までは、大人も子どもも大好きだけれど、憎い、早く全員死ねばいい、私の苦しみを聞いて欲しい、という感情の暴走から、不眠や自傷行為にはしるようになりました。

授業は起きていることがまれだし、手の甲は前夜につけたカッターの跡だらけ、先生や友達は心配して相談の場を設けてくれましたが、気休めでしかありませんでした。

唯一自分から相談した祖父でさえ、「家族は無条件に愛するべきだ、妬んだり、羨んだりしてはいけない。」と今まで私がやろうと試みて、幾度となく挫折した案しか提示してくれませんでした。

それでも私には、住む家がある、本当の娘のように接してくれる母親がいる、友人もいる。

でも……、

でも、自分は不幸でみんなが憎い!

そんな風に考えてしまう自分が大番嫌いで、もう死んでしまいたい……。とその当時の私は、自分の人生に嫌気がさし苦しんでいました。

家族だからとか他人だからとかそんなもの関係ない。

憎しみは持続しないというように、私の感情も時間とともに合理化されていきました。死にたいと思っても死ぬ根性がない自分を認めました。

そして、家族は一番身近にいる他人だと考えるようになりました。歪んだ考えだとしても、そう考えるようになってからはとても楽でした。

もう自ら苦しむ必要はない、家族も他人なのだから、手の甲を切る必要も無いし、親子の血の繋がりで悩む必要もないと。

今、あの時を振り返ると……

私がたったひとつだけ後悔しているのは、『自分の意見を親にもっと直接ぶつければよかった。』ということです。

人の成長や幸福に必要なものは、血のつながりではなく心です。

たとえ、その行動にどんな裏があったとしても、家族や友人、周りの人がしてくれたこと、自分のそばにいてくれたことは感謝すべきことです。

私は、その恩に報いることができるように、みんなが幸せになれるように、生きていこうと思います。

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