父親の借金で家庭崩壊。私がもう死にたいと思った話。

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寄稿者:shohn(30代前半・専業主婦・♀)

はじめまして、shohnと申します。私は「親」が原因で死にたいと思いました。

父親は浪費家で借金癖、母親はアルコール依存症。

最も両親の精神状態が荒れていた小学6年生の時の事をお伝えしようと思います。劣悪な家庭環境で育ってきた経験を通して、今どこかで苦しんでいる方に少しでも前向きな気持ちになってもらえたら幸いです。

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育ってきた家庭環境について

両親は私が小さい時からいつもケンカをしていて、家の中はともて居心地が悪かった思い出があります。

父親は平日休みだったため、いつも家にいないイメージでしたが、子供の私には優しかったです。

母親は、夜になると人格が変わる「鬼」でした。母親は昼間は普通の母親なのに、夜になりお酒を飲み始めると人格が変わりました。

私が小学1年~2年生の頃、母親と口喧嘩をすると、キレた母親は私の髪の毛をわしづかみにし、家中をひきづり歩きました。

「泣けば許してくれると思いやがって!!」

鬼の形相で泣く私に暴言を吐きつけます。

小学生の私は、なんでこんな家庭環境に産まれてきたのかと思いながら、どうする事もできずに、毎日泣いて過ごしていました。

父親なの借金で家庭崩壊、もう死にたい…

毎日泣いて過ごしていた小学生時代でしたが、1番辛かったのは小学6年生の時でした。

その頃、父親が我が家のお金の管理をしていましたが、積立ておいた学資保険に手を出し、借金までしていた事が判明しました。

父親はもともと金銭感覚がなく、バブルも経験しているので、派手な遊びをしていてようです。

その事に母親は激怒し、更に夫婦関係は悪くなり、母親のストレス発散の先は「私」になりました。

夜、お酒を飲んだあと、髪の毛をわしづかみにし、殴る蹴るをするようになりました。

ただ、小学6年生の私は体格が大きく、既に母親の身長を追い抜いていたので、抵抗する事ができ、そこまで酷い状態にはなりませんでした。

ただ、「お前なんか産まなきゃよかった!!」と言われつづける毎日。しまいには、包丁を片手に、「お前を殺して、私も死んでやる!!」とまで…。

まだ幼い私にはとても辛く、だんだんと死にたいと思うようになりました。

私の家は5階にあったため、「このままここから飛び降りれば楽になるかも」と考えていました。

そんな私が死ななかった理由

「死にたい」と思って、ベランダの手すりをこえた事もありました。でも、私は踏みとどまりました。

「正直、死ぬのがこわい。」という理由もありましたが、踏みとどまった1番の理由は、友達の悲しんだ顔が頭に浮かんだからです。

私は、友達には恵まれたと思っています。小学6年生の時の心の支えは友達でした。毎日学校に行くのが楽しくて、友達と過ごす日々は宝物でした。

そんな大好きな友達が悲しむと思ったら、死んではいけないと思いました。

また、親のせいで自分が死ぬのは納得いかないと思うようになりました。私は毎日間違った事をしていないのに、毎日罵られ殴られるのか悔しく仕方ありませんでした。

親のせいで死んでしまう事が悔しく感じて、何が何でも生きてやる!と心に決めました。

中学生になって、私は深夜に家に帰る生活をしました。ただ、学校生活はまじめに通い、成績も普通で毎日部活も行っていました。

あんな親だから不良になると言われるのが嫌で、当時の先生も私が深夜に出かけていることは知らなかったと思います。

親があんな親でも、私は私!!と思い、あんな親のような人間には絶対ならず、成功者になってやると思ってました。

中学生から、家にはなるべくいないように、家庭から逃げるような生活。次第に死のうと思わなくなったなりました。

逃げることも時として必要だということを学びました。

その後の家庭環境と現在の私

私が中学生以降、家にいなかったため、家庭環境はもっと劣悪なものになりました。父親が母親の暴言に耐えかねて、ついに暴力を母親にふるうようになりました。

たまに家にいるときに仲裁にはいり、私も父親から平手打ちをくらったりしました。警察にも通報し、何度もお世話になりました。

そんな悪い状況でも、もう死のうとは考えませんでした。それは、絶対に生きて、成功して、幸せになってやる!!という意地があったからだと思います。

現在は、結婚をして2児の母となりました。また義母と完全同居ですが、こんな家庭環境に育ったから、義母とも仲良く、毎日幸せに過ごしています。

私の実家には、年に数回、孫を会わせに帰省しています。今でも両親を恨んではいますが、育ててもらった事には感謝しているので、一定の距離感をたもった付き合いをしています。

死にたいと思った経験から学んだこと

私があの時、死なないで生きることができたのは、次の2つのことにあります。

  • 友達に恵まれた事
  • 辛い状況から逃げた事

私のように家庭環境が最悪な場合、外に助けを求める事が必要だと思います。私は、同じ境遇のような友達がすぐそばにいたので、励ましあいながら頑張ってこられました。

必ず話を聞いてくれる人が、友達以外でも、市の相談窓口や先生、ネットでもいると思います!1人で抱え込まないで、誰かと共有することで1人ではないと思えるはずです。

また、「逃げること」は悪い事ではありません!

自分では解決できない事は逃げて、自分が幸せになれるような環境を作る事が必要です。私は家を出て、初めて母親が「アルコール依存症」だと気づきました。

同じ境遇にいると、怒りと憎しみの想いで気づきませんでした。一度外に出て冷静になる事で気づける事もあると思います。

まとめ

今、死のうと考えている人に言える事は、「死ぬ勇気があるならば、死ぬほど生きる事に貪欲になって!!」と言いたいです。

死にたいと考えているという事は、想像を絶するほど辛い経験をされ、何も見えない真っ暗闇の中で、何も考えられないと思います。

しかし、必ず生きていれば幸せな瞬間が訪れます!私がその経験者です。私は幸せをつかむのに、20年程かかりました。

幸せをつかむ時間はもっとかかるかもしれないし、もっと早く幸せが訪れるかもしれません。

死ぬ勇気をお持ちなら、もう1度立ちあがり幸せに生きる事ができると思います。諦めないで、自分で自分を最高に幸せにしてあげて下さい。

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